いざは今日を生きている

元ニートが社会に羽ばたいていく中で感じることを雑記します。人と違う目線を。

僕らはきっと、もっと松本人志を見習わなきゃいけない。

どうも皆さん、夢の中で吉高由里子に「オラついてんじゃねぇ」と罵倒され飛び起きたことがあります、いざです。

 

僕はいつもブログを書く際、特に構成やら内容やらを考えることはせずに勢いで書いているので、タイトルを途中で決めたりすることもざらにあるのですが、今回はいよいよ適当も極まってきたので書き終えたところでタイトルを決めますね。

とは言っても、皆さんがこれを読む頃にはタイトルがわかっているはずなので、折角なら「何でこんなタイトルなんだろう」或いは、「どうやってこの話に繋がるんだろう」といった先の展開が読めない物を目指して頑張ってみます。

 

 

 

未知の恐ろしさ

人はなにか新しいことを始める際、大抵は準備をするものだと思います。

準備があれば、これから始まる未知に立ち向かう時、少しでも気が楽になるから。

その方が上手くいくから。

そして事前の準備が出来るようになると、準備をすることが当たり前になっていく。

だからこそ、準備を忘れたときの恐怖は大きくなるし、混乱もするはずです。

僕も今、適当に書いていて凄く怖いです。(いつもほぼノープランの癖に何を言う)

これでも一応、いつもなら書きたいことがあると言えばあるから、ブログに綴っている訳ですが、今回に至っては本当のノープランなので。

そして、ここまで書いてふと思った。

 

人は、未知が苦手だ。

 

というか、生き物はきっと皆そうだ。

未知、ノープラン、不測の事態。

”それ”が齎すリスクがひどく恐ろしいから、皆変化を怖がり、安定を求める。

故に、時に動きを止め、時に拒む。

でも、そうやって未知を拒むのは、人間として生まれてきた我々にとってはどうでしょうか。

リスクを恐れるあまり、まだ使えるものや可能性を簡単に捨てたり、何かを簡単に諦めてしまったりするのは、本当に”良いこと”なのでしょうか。

これは、「人間だからあれこれやらなくてはならない。」「人間はこうあるべきだ」等と言った、”べき思考”ではなくて、単に「勿体ないなあ...」という僕の勝手な考えなのですが。

「まだ舞える」状態にも拘らず、リスクを感じると辞めてしまうというのは…。

何というか、やはり勿体ない。

と同時に、ただ勿体ないだけではない。

最善ではない。

 

確かに未知は恐ろしい。

立ち止まり考えることも大切。

なんだけど、近年何かと保守的過ぎると感じる事が多いです。

リスクを冒すのではなく、その時点で自分にできることをすればいい、手を尽くせばいい。

それにも関わらず、未知のリスクを恐れ、もっと悪い方へ向かわない為に、今あるものを捨てる。

それが返って身を滅ぼす結果に繋がっている"リスクに敗北"するケースを、沢山見てきた。

例えば、能力のある優れた人が、辞任という形を取って辞めていく姿を、僕は見てきた。

でも最近"リスクに敗北"しなかったケースも、中にはある。

 

 

 

吉本興業問題

僕はまず、宮迫さんについて触れたい。

今回の件で、あまり触れられていない良い点が彼にはありました。

それが、"リスクに敗北"しなかったという点。

どういうことか簡単に言えば、宮迫さんは「続けさせて下さい。」「チャンスを下さい。」などと言った。或いは、その意思を示したことが公表された。

 

宮迫さんが会見要求をした際、社長から自分含め事件の関係者全員をクビにする圧力をかけられた、という記事を見たことがあるので、恐らく宮迫さんは屈していなかった、出来ることはした。そしてそれは、形が悪いとはいえ報道されたと捉えていいでしょう。(確定ではない)

これを前提に話せば、会見の機会を潰され、直接「続けさせて下さい」と訴えることは出来なかったかもしれないが、彼が十分に勇気ある行動を取ったのは素晴らしいことだと思います。

その素晴らしさが今ひとつ伝わっていない原因である、報道の仕方が悪いとか、マスゴミの話まで掘り下げると、どんどんややこしくなりそうなので、今回は触れないでおきます。(許すとは言っていない)

 

 

 

僕らに必要なことは、”悪者に与える罰”ではない。

ここまでで感じたことは、では僕らはどうだろう。ということです。

こういうことって、わかっていても実際に出来る人は多くないでしょう。

本当はもう気付いている人も結構いるのではないかと思いますが、今の僕たちにはリスクに立ち向かえる勇気が圧倒的に足りていないんだと感じます。

それは色々なものが影響した結果だと思うけど、原因の1つに必ず挙がるのが、日本の教育でしょう。

僕らはずっと協調性ばかり体に刷り込まれてきた。

"皆一緒"に矯正する。

その結果出来上がったのが、

事なかれ主義。他力本願。空気を読む(笑)。等々。

全く建設的じゃないですね。

向上心が無いなんて言うのも、これでは無理もない。

一種の洗脳です。

けど、もうそのせいで「だから仕方ない」とも言えないところまで来たのも、事実なのだと思います。

僕らも意見をして、立ち向かわなくてはならない。

変えなければならない。

前々からずっと警告し続けてきた人も多くいたでしょうが、それがいよいよ目前まで迫ってきた問題なのでしょう。

現にこうして、行動を起こす人が出て来ている。

少なくとも宮迫さんは戦いました。

 

と、ここまで書くとまるで彼が善人であるかのようで、やったことから目を背けていると思われてしまうでしょう。

しかし、僕はこう思います。

宮迫さんはそれだけ凄い。

今まで積み上げて来たものが大きいし、今回の対応だって彼は出来ることをした筈なのだ。

だからそんな簡単に、たった1つの過ちで、全て終わっていい筈がない。

必要なのは悪者という肩書きでも罰でもなく、「もう一度やり直せるよ」という救済ではないでしょうか。

そしてそれを理解し、権力に屈したり、仮に自分が立場を失ってしまった際の未知に負けることなく、救済を施せる勇気を持つ人が現れました。

 

 

 

松本人志という人

僕は松本人志さんの行いを10割肯定しようとは思わないし、はっきり言ってしたくない。

彼の行い(発言)は普段、問題として挙げられることも少なくない。

僕と同じ、エゴの塊だ。

彼もまた、立場を上手く利用しただけに過ぎないとも言えるかもしれない。

だけど、そんなことが小さくなるくらい、今回の彼の動きは凄まじい物なんだ。

簡単にできることじゃない。

彼が今起こしていることは、単に芸人を救うといっただけのことに留まらない。(だけと言うと失礼かもしれない。大きなことをやっていることは理解している。)

彼は、そこから更に世間に、僕らに問いかけているのだ。

「君たちはどうする」と。

後退し続ける世の中を放っておくのか、動き出すのかと。

今度は僕らが、その問いに答えなくてはいけない。

理解した、動ける奴が動かなくてはいけない。

それだけ、影響力を持った人が起こした大きな決断と行動なのだから。

 

 

 

今回の件は正直、吉本興業という1つの会社の問題ではなく、今の日本社会が抱えているあらゆる"膿"がようやく、本当にようやく形としてわかりやすく明るみに出た瞬間で、それをちゃんと清算する方向に少しでも向かっていけるチャンスなんだと思います。

本当に人ごとじゃない。

ニュースの見過ぎで、現実に起きていることをちゃんと理解出来ていない人間が多い世の中。

現実を見ろ。と言わんばかりのニュースは今後も増えることでしょう。

そして、僕らはそこから学び、動かなくてはいけない。

 

上手くまとまったかはわからないし、まだ解決していない事件を取り扱った為、今世間の話題の的になっている社長や闇営業そのものについては触れませんでしたが、いかがだったでしょうか。

調べ不足だったり粗い部分が目立つ物かも知れませんがお許しを。

僕のような立場の人間がこんな内容を書いたところで、効力もなければ拡散力もないので、正直無駄に終わるだろうなって感じですが、最後にせめてある程度の効力を持たせて終わろうと思います。

 

Twitter松本人志が放った「動きます。」のフレーズがまだまだ流行っている。

この流行が、チャンスを掴んで世の中の流れをいい方向に持っていってくれることを願いつつ、僕も月曜から無職を辞め、次の段階へ動こうと思います。

 

さあ、ニートは動き出す。

「君たちはどうする」

 

 

お読みいただきありがとうございました。

また次回お会いしましょう。